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プロフィール
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2007/08/23 22:09
今日はなんでもない一枚の写真をご覧に入れよう。 |
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2007/07/30 23:08
年に一度の古代史勉強会。 |
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2007/07/23 22:12
先週だっただろうか、仕事の帰り道、川向こうに見える神原神社古墳が呼んでいる。 以前見に行ったことはあったが、退屈でもあったので寄ることにした。 神原神社古墳は前期古墳で出雲地方では一番早い時期の古墳。 雲南市三刀屋町にある松本三号墳とともに同時期の古墳としてよく知られている。 見所としては竪穴式石室。 立地は大原郡と言われるように平地の真ん中のしかも川沿いに作られている。 この時代の古墳が平地の中心部にあるのは不思議だ。 私は、この古墳は1,700年くらい前の時代だから、その間、大量の土砂によって沖積されたと思っている。 数年前に、出雲市青木遺跡の現地説明会に行ったとき、四隅突出墓や神社遺構が海抜3〜5m?と思われるところにあってびっくりしたことを記憶している。 神原古墳も同じだ。 いつ水害にあってもおかしくない場所である。 この古墳は川改修のため移築され、一般見学者でも中に入って見ることができる。 古墳の上には、相撲場のような大屋根が作られており、屋根裏には写真入の解説がされていた。 竪穴の中心部は人が入れるような穴が開いており、中を覗くと下にはビールケースが置いてあり、踏み台として使われていた。 中に入ってみると薄暗く、ひんやりとしている。 石室の側面の積み石は、この近在にはないような平石が積み重ねられている。 ここから見える北側の山には、10年くらい前発見された加茂岩倉銅鐸の遺跡も近い。 石室の中にいると出雲国風土記にある神財を置いた所という感じが冷気と共に迫ってくる。 |
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2007/07/16 09:56
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2007/06/20 04:05
先月の話、私の住んでいる近くに城址がある。 |
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2007/05/18 04:20
崇神天皇の皇子が参詣した宮が出雲大川の下流部と思われるから、現在で云う斐伊川下流部についてもっと詳しく知っていないと書けない。 |
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2007/04/15 02:07
日本書紀の崇神天皇60年に云う出雲が大和王権に征伐される時、 |
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2007/04/04 23:10
古代出雲の謎を解く・・・中村一号墳 |
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2007/04/03 03:44
古代出雲は、〔銅剣〕、〔銅鐸〕、〔巨大柱根〕遺跡の出土など 日本でもトップクラスの遺跡発掘が三つも続き、弥生時代終末期から古代全般にわたる出雲史の概要が明らかにされつつあります。 しかし、その反面、未解決の〔謎〕といえる部分も、よりはっきりとしてきたように思います。 |
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